父の日イメージ

甘ったれのお父さんをめいっぱい甘やかす父の日

私の父は九州の人で男尊女卑の思想が強く、頑固で、酔っ払うと手がつけられず、子どもにも平気で手をあげる人でした。
幼いころから私は父のことを恐れていて、でも、私も父に似て我がままな性格だったため、生意気な口を利いては怒られ、押さえつけられの毎日でした。
思春期にはいっても、それは変わることなく、かえってひどくなる一方で、酔っ払って帰ってきては子どもたちを叩き起こし、子どもが嫌そうな顔をすると威嚇してくるという最低さでした。
その餌食になるのは母か、私なことが多くとても嫌な思いをして10代前半を過ごしました。
そんな頃、私は耐えられなくなってしまい、いろんなストレスを発散させるかのように遊びに走って行きました。
その結果高校を中退することにもなりました。
その頃から父の様子は変わってきました。
毎日子どもを馬鹿にするような発言ばかりだった父が、ちゃんと子どもたちと向き合って話をするようになってきたのです。
母の勧めで大学受験資格検定試験を受け、短大に行かせてもらったのですが、夜遊びは相変わらずで、就職もなかなか決まらず卒業しました。
その後バイトをしながら生活していたのですが、ひょんなことから見つけた仕事は父と同じ技術職でした。
就職が決まったことを父に話すととても喜んでくれて、仕事内容も共通する部分が多く、父と良く会話するようになりました。
以前はいやいやながら聞いていた父の話ですが、今では、あーでもないこーでもないと言い合いながら、お酒を飲むようにもなりました。
現在私は30代になり、父は60代になるのですが、本来の父の性格が見えるようになってきました。
父は七人兄弟の末っ子として可愛がられて育ったようで、そのためか、我がままで自分勝手、お話しとお酒が大好きで、甘え上手な人です。
最近では、こちらが強く意見をすると悲しそうな顔をしたり、相手をしてあげなかったりするとさみしそうにしたりと、昔の父はどこへやらと言う感じです。
偉そうにしていた時の父はきっと、子どもが苦手でそうするしかなかったんだろうということ、技術職に転職するのにあたってのストレスがあったこと、そして、当時親戚の借金の保証人になってしまい経済的に苦しくて、四苦八苦していたことが重なっていて、甘える相手が母と私になっていたんだと思います。
迷惑な話ですが。
そんな、甘ったれの父を、良く今までがんばったね、これからもよろしくねと、兄弟3人でめいっぱい甘やかすのが我が家の父の日の過ごし方です。

Copyright(C) 2013 father's day.com All Rights Reserved.